ある日の午後、マリラは訪問客と話していた前庭からゆっくりと戻ってきた。
「あの男は何の用だったの、マリラ?」
マリラは窓辺に座り、アンを見つめた。
目に涙を浮かべ、声を詰まらせながら言った。
「私がグリーン・ゲーブルズを売ろうとしていると聞きつけて、買い取りたいと言ってきたの。」
「買うって!グリーン・ゲーブルズを?」アンは耳を疑った。
「マリラ、まさか本当に売ろうなんて思わないで!」
「アン、他にどうすればいいかわからないの。
あれこれ考えたの。
もし目がしっかりしていたら、ここに留まって、良い雇い人を雇って、何とかやりくりして管理することもできたでしょう。
でも現状では無理よ。
完全に視力を失うかもしれないし、いずれにせよ、この家を管理できるほど健康ではないの。
ああ、自分の家を売らなければならないと思う日が生きているうちに来るだなんて。
でもこのままでは、状況はどんどん悪くなるだけよ。
売れたとしても、大した金額にはならないだろう。
土地は狭く、建物も古い。
でも、私が暮らすには十分だろう。
アン、君に奨学金があるのはありがたい。
ただ申し訳ないのは、君が休暇の際に帰る家がなくなることだけど、君なら何とかやっていけるだろう。」
マリラは泣き崩れた。
「グリーン・ゲーブルズを売ってはいけないわ」アンはきっぱりと言った。
「ああ、アン、売らなければいいならそうしたい。
でもあなたもわかるでしょう。
私はここに一人でいられない。
悩みと孤独で気が狂ってしまう。
そして視力も失う…きっとそうなるわ。」
Anne | (名)アン |
---|---|
Green Gables | (名)グリーン・ゲイブルズ |
Marilla | (名)マリラ |
caller | (名)(短時間の)訪問[来訪]者 |
aright | (副)正しく |
hire | (動) (賃金を払って)〈人を〉雇う,雇用する |
sight | (名)視力,視覚 |
altogether | (副)まったく,完全に; 全然,まるで |
thankful | (形)〔…を〕感謝して,ありがたく思って |
scholarship | (名)奨学金,育英資金 |
somehow | (副)何とかして,どうにかして,何とかかんとか,ともかくも |
wept | (動)weep の過去形・過去分詞/を流す,泣く |
bitterly | (副)ひどく |
decisively | (副)断固として,きっぱりと |
loneliness | (名)孤独; 寂しさ |
「マリラ、もう一人でここにいる必要はないわ。
私が一緒にいるから。
レドモンド大学には行かない。」
「レドモンドに行かないですって!」マリラは両手で覆っていた顔を上げ、アンを見つめた。
「なんで、どういう意味?」
「そのままよ。
奨学金は受け取らない。
あなたが病院から帰ってきた夜に決めたの。
あなたが私のためにしてくれたこと全てを考えたら、こんな困難な時にあなたを一人にできるわけがないでしょう?
ずっと考えて計画を練ってきたの。
私の計画を話させて。
バリーさんが来年も農場を借りてくれるって。
だから心配はないわ。
それから私は教師になるの。
カーモディ校に応募して採用されたの。
でも学校がここから少し遠くてね。
そしたらギルバート・ブライスが親切にも、近所のアボンリー校で教えてもいいと言ってくれたの。
だからあなたと一緒に暮らせるわ。
ああ、全部計画済みなの、マリラ。
あなたに本を読んであげたり、元気を出させてあげるわ。
退屈も寂しさも感じさせないわ。
二人で、本当に居心地よく幸せにここで過ごしましょう」
マリラは夢を見ているような気分で聞いていた。
「ああ、アン。君がここにいれば、きっとうまくやっていけると思う。
でも君にそこまで自分を犠牲にさせるわけにはいかない。
それはひどすぎる。」
Redmond | (名)レッドモンド |
---|---|
Barry | (名)バリー |
rent | (動)〈家・土地などを〉〔…から〕賃借する |
bother | (動)悩ます |
Carmody | (名)カーモディ |
Gilbert Blythe | (名)ギルバート・ブライス |
kindly | (形)親切な; 〈言行が〉思いやりのある,優しさのある |
Avonlea | (名) アヴォンリー |
lonesome | (形)寂しい,心細い |
cozy | (形)〈部屋など〉(暖かくて)居心地のよい; こぢんまりした |
sacrifice | (名)犠牲(にすること) |
「とんでもない!」
アンは陽気に笑った。
「犠牲なんてないわ。
グリーン・ゲーブルズを手放すことほど辛いことはないし、これ以上私を傷つけるものはないの。
この愛しい古い家を絶対に守らなきゃ。
もう決めたの、マリラ。
レドモンドには行かないで、ここに留まって教師になる。
私のことは少しも心配しないで」
「でも君の野望と、…」
「相変わらず野心はたっぷりよ。
ただ、その対象を変えただけ。
私は立派な教師になって、あなたの視力も救うつもり。
それに、この家で勉強して、独学で大学の講座をいくつか取るつもりよ」
ああ、計画は山ほどあるのよ、マリラ。
一週間も考えてきたの。
ここで最善を尽くすつもりだし、そうすれば、ここも私に最善を返してくれるはず。
クイーンズ・アカデミーを離れた時、未来はまっすぐな道のように目の前に広がっていた。
道沿いにたくさんの道標が見える気がした。
でも今は、そこにカーブができたの。
その先には何があるか分からないけれど、きっと素晴らしいものがあると信じているの。
そのカーブ自体に、不思議な魅力があるのよ、マリラ。
その先へ続く道がどんな風になっているのか、とても気になるわ。」
nonsense | (名)ばかげた考え[行為], つまらない[くだらない]こと |
---|---|
ambition | (名)大望; 野心,野望 |
ambitious | (形)大望[野心]のある |
dozen | (名) ダース[12,3]ほど,(かなり)たくさん |
stretch | (動)(…に)広がる,及ぶ,達する |
milestone | (名)(石の)マイル標,里程標 |
bend | (動)曲げる |
fascination | (名)魅惑,うっとりした状態; 魅力 |
「諦めるなんて許さないわ」と奨学金に関してマリアは言及した。
「でも止められないわよ。
もう十六歳半だし、リンデ夫人が言ってたように『ラバのように頑固』なの」とアンは笑った。
「ああ、マリラ、私を哀れむのはやめて。
哀れまれるのは嫌だし、そんな必要もないのよ。
愛しいグリーン・ゲーブルズに居続けられると思うだけで嬉しいの。
あなたと私ほどこの家を愛せる人はいないのだから、守らなきゃ。」
「なんてありがたい子なの!」とマリラは折れた。
「まるで新たな命を吹き込まれた気分だ。
大学に行かせるべきなのかもしれないけど…無理だと分かっているから、無理強いはしない。
でもアン、その分はお返ししてあげるわ」
グリーン・ゲーブルズ近くのダイアナの家、オーチャード・スロープの窓に明かりが灯った。
「ダイアナが来てって合図してるの」とアンは笑った。
「小さい頃からずっと続けている古い習慣なの。
ちょっと行って何の用か聞いてくるわ。」
アンは鹿のように丘を駆け下り、幽霊の森のモミの木陰に消えた。
「愛しい古い世界よ」
「あなたは本当に素敵で、この世界で生きていて嬉しい。」と彼女は呟いた。
翌日、マシューの墓から帰る途中、アンは口笛を吹いている背の高い少年に出会った。
それはギルバートで、アンだと気づくと口笛を止めた。
彼は礼儀正しく帽子を上げたが、アンが立ち止まって手を差し伸べなければ、黙って通り過ぎるところだった。
「ギルバート」と彼女は頬を真っ赤にして言った。
「私のために学校を辞めてくれて、ありがとう。
本当に親切だったし、その気持ちに感謝しているわ。」
obstinate | (形)〈人・態度など〉がんこな,強情な |
---|---|
mule | (名)ラバ, がんこ者,片意地者 |
Lynde | (名)リンド |
pity | (名) 哀れみ,同情 |
Orchard Slope | (名)オーチャード・スロープ |
Diana | (名)ダイアナ |
signal | (名)信号,合図 |
firry | (形)モミの |
haunt | (動)〈幽霊などが〉〈ある場所に〉出る,出没する |
murmur | (名)ささやき,かすかな人声 |
Matthew | (名)マシュー |
grave | (名) 墓,死体を埋める穴 |
lad | (名)若者,少年 |
whistling | (名)口笛を吹く |
courteously | (副)礼儀正しく |
silence | (名)沈黙,無言; 音を立てぬこと,静粛 |
scarlet | (名)緋(ひ)色,深紅色 |
ギルバートは差し出された手を熱心に握り返した。
「アン、別に親切だったわけじゃないんだ。
ほんの少しお役に立てて嬉しかっただけさ。
これで友達になれるかな?
本当に昔の過ちを許してくれたのかい?」
アンは笑いながら手を引っ込めようとしたが、うまくいかなかった。
「あの日の池のほとりで、知らず知らずのうちに許してたのよ。
なんて頑固な小鳥だったんだろう。
正直に告白するわ。
あの日からずっと後悔していたの。」
「僕たちは最高の友達になれるよ」とギルバートは嬉しそうに言った。
「僕たちは良い友達になるために生まれたんだ、アン。
お互いに助け合えることがたくさんあるって分かっている。
君は勉強を続けるだろう?
僕もそうだ。
さあ、一緒に家まで歩いて行こう。」
eagerly | (副)熱心に,しきりに,切に |
---|---|
particularly | (副)特に,とりわけ |
forgive | (動)〈人・罪などを〉許す,大目に見る |
fault | (名) 誤り; 過失,失策,落ち度 |
unsuccessfully | (副)失敗して,うまく行かなくて |
withdraw | (動)〈…を〉〔…から〕引っ込める |
stubborn | (形)がんこな,強情な |
confession | (名)自白,白状,自認 |
joyfully | (副)楽しく;うれしそうに |
マリラはアンが台所に入ってくるのを見て不思議そうに彼女を見た。
「アン、あの小道を一緒に上がってきたのは誰だったの?」
「ギルバート・ブライスよ」とアンは気づけば顔が赤くなりながら答えた。
「バリー丘で会ったの。」
「アンとギルバート・ブライスが門の前で30分も立ち話するほど仲がいいとは思わなかったわ。」マリラは乾いた笑みを浮かべて言った。
「仲良しじゃなかったし、むしろライバル同士だったの。
でもこれからは仲良くした方がずっと賢明だって決めたの。
本当に30分もいたの?
ほんの数分のように感じたわ。
でも、わかってると思うけど、5年分の会話を取り戻さなきゃいけないんだから、マリラ」
その夜、アンは窓辺に長く座り、心満たされる喜びに包まれていた。
桜の枝をそよ風が優しく揺らし、ミントの香りが漂ってくる。
尖ったモミの木々の上で星がきらめいていた。
クイーンズ・アカデミーから帰ってこの窓辺に座った夜以来、アンの視野は狭まっていたがしかし、足元に広がる道が狭くとも、静かな幸福の花がその道沿いに咲くことを彼女は知っていた。
そして、道には必ず曲がり角があるのだ!
「『神は天に在り、全て世は事もなし』」とアンはそっと呟いた。
curiously | (副) 奇妙に(も) |
---|---|
lane | (名)(生け垣・家などにはさまれた)小道,路地,細道 |
blush | (動)〔…で〕顔を赤らめる; 〈顔が〉〔…で〕赤くなる |
sensible | (形)〔人は〕賢明で; 〈…するとは〉〈人は〉賢明で |
companion | (名)(ある行動を共にし親密な関係にある)仲間; 友 |
content | (形)〔…で〕満足して |
softly | (副)柔らかに,静かに,そっと; 優しく,穏やかに |
branch | (名)(木の)枝 |
twinkle | (動)ぴかぴか[きらきら]光る |
fir | (名) モミ |
カテゴリー